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Last update 2008年03月15日 言い訳Gum 著者:空蝉八尋 ここに居ろよ、って。 あんたはそう言ったよね。 笑っちゃうくらい真剣な顔して、いまにも泣き出しそうな顔して。 あたしとあんたじゃない人が大勢通り過ぎる空港のど真ん中で、あんたは言ったよね。 あたしじゃなくて、準ちゃんに。 ねえ、準ちゃんとあたしが初めてキスしたとき。 あんなに綺麗だった桜はもう、葉っぱに変わってた頃だった。 そこからなんであんたが出てきたわけ? 何処に隠れてたとか、何時から見てたのかとか、そういうのはもういいの。何も聞かないでおくから。 それよりも。それよりもそれよりも。 なんであんたにあたしは、キスされなきゃいけないわけ? しかも準ちゃんが居る目の前で、見てる前で。 ……成。その直後のあんたの一言、あたしは一生忘れない。 忘れてなんかやらない。 『いやっほぅ、これで準ちゃんと間接チュー!』 ばっっっっかやろう!!!!!!!!!!! 「こーうーこーちゃーん、聞いてる?」 そう、こんな媚びる様な声の時。 無視する条件に決め付けたことを、こいつは全然気付いてない。 成は相変わらず気だるげな呼びかけを放り投げ、あたしの返事を待っていた。 悪い奴……ではないと思う。少なくとも、世間一般でいう「悪い奴」の類には入らない。 でもあたしのなかでは極悪な奴ナンバーワンとして常時君臨していて、そのポジションはいまだかつて誰にも奪われたことはない。 ようするに、至って不名誉な記録を更新中。 「香子ちゃんってば、おれ何度も呼んでんだけど? 無視? 無視ですか?」 あたしはチラリと成に視線を傾けた。 憎い事にあたしよりも大きくて、細かい光の粒がいくつも輝く瞳が、まず一番最初に視界に入る。 次に伸びてうざったい明るい茶色の前髪、そして今は八の字型にひそめられた薄い眉毛。 下におりて小さく尖りぎみの白い鼻、最後に赤ん坊みたいな唇。 成が完成した。 「…………うーん」 「お、やっと反応したよ」 「耳鼻科行ったほうがいいのかな」 「空耳扱いしてらっしゃる!」 頭を両手で抱え、オーバーにのけぞった様子がおかしくて、あたしは思わずふきだした。 するとあたしの笑い声を待っていたかのように嬉しそうな顔をした成が、前の椅子から身を乗り出して机に寄りかかる。 「あっ、ばか肘退けてよ! プリントしわになるでしょ」 「悪ィ悪ィ。なになに……健康週間はまず食事から……朝食はキチンととりましょう」 成は小学生が教科書を読んでいくみたいに、あたしの清書した文字列を読んでいく。 「ハーン……おれもこの意見賛成よ、香子はちゃんと朝食ってるよな?」 「時々食べてない……けど」 「おま、保健委員がそんなでいいのかっ!」 「良くないかもねー」 「あ。分かった。だから香子は色気がイマイチ足りないんだ。おれはもっとこう、このへんに肉付きが……」 瞬間、借り物の定規が成の脳天目がけ垂直に振り下ろされた。 鈍い音を立てた衝撃に、成は声も出せずに頭を押さえて椅子の上でうずくまる。器用な奴だ。 「誰もナリの好みなんか聞いてないっつうの」 「いってぇなオイ! 今の一撃で絶対脳細胞死んだ!」 「いいじゃない、元々無いようなもんだし」 「あ、そうね……ってコラー! おれの頭脳にケチつける気か」 あたしは手に持っていた赤の色鉛筆の先端を、成の鼻先に突きつけた。 それを見つめてより目になった成は、次に不思議そうな視線を向けてくる。 「あたしサッサと終わらせて帰りたいの。ジャマしないでよね」 「へーへー。黙ってりゃいいんでしょ黙ってりゃ」 それから。 放課後から四十五分経過した教室は静かだった。 廊下も静かだった。ただ窓から見渡せる校庭からだけ、ボールを要求する声やら規則正しい掛け声やらが遠く響いてくる。 一番近い音はあたしの色鉛筆が紙の上を滑る音と、成が居る気配。 あたしは顔をそっと上げて、気配だけになっていた成を見上げる。 「…………」 計算用紙にしていた、文字で汚れた紙を成はやけに丁寧な仕草で折りたたんでいた。 俯いた顔は真剣そのもので、息使いをまるで感じさせないほどの集中。 「……な、にしてんの……?」 「紙ヒコーキ」 短く空気を吐き出した成は、合わせた角に狂いなく作られた紙飛行機をあたしに見せる。 真っ白じゃない、黒鉛で汚れた飛行機。 「ジャジャーン、いいだろー。かっくいーだろ」 「ただの紙飛行機じゃん……昔折ったことあるから、そのくらいあたしにだって作れるけど」 「バッカだな香子。これはちゃんと、おれ流の細工がしてあんの」 羽根の下を手でつまんだまま、八の字を切って宙を泳がす。 「よく飛ぶヒミツ! 試してみっか?」 歯を見せ笑う成に、あたしも釣られて笑った。 「やってみせて」 「おっしゃ!」 言うなり席を立ち、カーテンの掛かっていない二番目の窓を勢い良く開け放つ。 風がわずかに吹き込んだ。あたしは成の姿を座ったまま見つめる。 成の手から 汚れた紙飛行機が 離れた。 一度舞い上がってまた下がり、そこからなだらかな曲線を描きながら引力にひっぱられていく。 その飛距離は驚くほど伸びた。 「んー、まあまあ成功したな」 「凄い……結構飛んだじゃん」 成はまだ眩しそうに目を細め、窓の外を眺めていた。 あたしはしばらく停止させていた色鉛筆の動きを再開させようと、手首をわずかに動かそうとした矢先だった。 成の声が響く。 「準ちゃんに届くように、よく飛ぶようにした」 その声を聞いた途端、自分の体が大きく傾いて揺れた。……ように感じた。 あたしは一層奇妙な顔で成を見上げたんだろう。 緑の色鉛筆が床に転がるのも気付かないまま。 「ナリ…………それ言うなって、あんたが言ったんでしょ!?」 あんたが言ったのに。 あんたが「準ちゃん」を閉じ込めたのに。 「なんで、今急に……」 「んー……なんか、死んだみたいで嫌になってきたから」 あまりに軽い口調で、あたしは思わず詰めていた息を吐いた。 「だってさ、可哀想じゃん準ちゃんが! なんか死人扱いっぽくてさー。ごめん香子、もういいや」 「はぁ……?」 まだ窓の外を見続けている成に、あたしは間抜けな返事を返す。 ……そういえば準ちゃん、今頃どうしてますか? ちゃんとフランス語の勉強してる? パリの街ってどのくらい綺麗? 相変わらずモテモテですか? 寂しくないですか? あたしと成のこと、ちゃんと覚えてますか? あたしは準ちゃんの、小指の爪の形まで覚えてるよ。 準ちゃんは? 準ちゃんは、あたしの下手くそなリボンの結び方くらい、まだ覚えてくれてる? 覚えてくれている? 準ちゃん、貴方が言った言葉を。 例の最低で最悪な、だけど一生忘れられないキスの思い出。 あたしが成の横っ面を思いっきりビンタして、混乱と照れを隠す為にとっさに尋ねた質問の答え。 『準ちゃんてば、なんでぼんやり見てんの! このバカ止めてくれれば良かったのに』 そんなあたしの言葉に準ちゃんは、薄く微笑んでいたかもしれない。 『……そうする理由もなかったから』 その言葉になんとなく準ちゃんの気持ちが伝わってきて、それから何にも言わなかったけど。 なんだか、酷く、悲しかった。 「あんた準ちゃん好きだったもんね」 「まーねー! ソーシソーアイだよおれと準ちゃん!」 恥ずかしげもなく言い放った成に、再び定規の角が飛ぶ。 今度は寸前に受け止められ、行き場のない左手が一度宙を彷徨った。 「……バッカ。相思相愛なのはあたしと! あたしと準ちゃん」 「はァ? 香子お前、おれと準ちゃんのラブラブっぷりを見てただろー?」 「かなり一方的なラブラブっぷりならたっぷりとね」 今思えば、なんておかしな三角関係だったんだろう。 ていうか、ハッキリ言えばおかしいのは成だけであったけど。 冷静になれば笑えてくる。 成は公衆の面前で堂々と、毎日のように大告白をしていたのだから。 それを普通に受け止めてたた準ちゃんも凄い。 あたしも、実は凄かったんだな。 でもあの時は何にも気にならなかった。 あたしと成はライバルで、準ちゃんの事が大好きだった。 昔から。 ひとつも変わらないで、この変な関係を少なからず楽しんできた。 「でも……急に終わっちゃうんだね」 思わずもらした呟きに、成は大袈裟なため息をついた。 「しゃあないっしょ。準ちゃん、ずっとパリ留学したいって言ってたんだから」 「寂しく、ないのかな」 あたしは寂しいよ。 成、あんたじゃ駄目なんだと思うの。 準ちゃんの隙間は、あんたじゃ足りないんだと思うの。 「寂しいのはおれ達だけだよ、多分」 普段より何倍も低い声だった。 「……え?」 「準ちゃんはさ、まわりのものが全部新しいじゃん。隙間とか関係なしに、全部入れ替わるじゃん。おれ達の場所は、最初から新しい場所には無かったんだから」 半分意識を飛ばしてぼんやりと言葉を受け入れながら、あたしはまた成の整った顔を見つめていた。 酷く強張っているわりには眉の力だけが緩められ、口元は笑っていても舌が笑っていない。 哀しい顔。一番似合っている表現だった。 「ね、でもおれ達はずっと此処に居るだろ? 準ちゃんの居なくなった隙間を眺めながら過ごしていかなくちゃいけない」 「準ちゃんは、寂しさも薄れる……ってことなの?」 「ま……少なくともおれ達よりはね」 そう言い放った成は、ふいにあたしに背を向けた。 肩は震えていない。しゃくりあげる声も聞こえない。けして泣いているんじゃなくて、ただ背を向けただけ。 「ほんと、ナリって意味分かんない」 「……うるっさい、漬物みてーな名前してるクセに」 「いっぺん漬物石にのされたいの?」 「スンマセンでした」 あんたは泣いてるんでしょう。 いつも心の深い深い、また深いよどみの水底で。 あんたが泣き止んだことなんてないでしょう。 そうやってばかみたいに笑った分だけ、涙を流し続けているんでしょう。 なんて歯痒いの。 奥歯を噛み締めても、前歯を強く軋ませても、この歯痒さは収まらなかった。 それどころか、時間が経過するにつれて強くなっていっていることにも、あたしは気付いてた。 「ねぇナリ……」 成が振り返ってくれることは、元々期待などしていなかったけど。 「あたしの事好き?」 質問をされても成は振り向かなかった。振り向くどころか肩ひとつ揺らさない。 まるであたしの言葉を予知していたみたいに、何の反応も示さなかった。 しばらくして、風が通るような吐息が聞こえたと思うと、成が頭を少し揺らして言った。 「好き」 今度はあたしが成の言葉を予知する番だった。簡単で単純な予知を間髪要れずに尋ねる。 「準ちゃんの事は?」 「もっと好きっ!」 サボった掃除当番のおかげでゴミの散らばるままの床が、轟いた。 あたしは自分の座っていた椅子を派手に蹴り倒し、その物凄い音に振り返った成と視線が交差する。 前に前に足を進めていく間中、あたしは成のまん丸に開いた瞳を睨んでいた。 迫る恐怖に逃げるように、成も立ち上がって後ずさりしていく。 「こ、う……こ? ちゃん?」 やっとの事で搾り出したであろう成の声は、少なからず掠れていた。 あたしは返事を返さないまま、両手で思い切り成を突き飛ばす。 「ぎゃっ!」 無様な悲鳴を上げ、成は窓際のベランダへと出る為の硝子扉に背を打った。 顔をしかめて後頭部に手をやる成の両肩を掴み、伸ばされた足を跨いでしゃがみ込む。 「へ? えっ……ちょ、待、香子ッ!?」 「ばかっっっ!」 あの時叫べなかった言葉を。 ふいに成へ顔を近付けたあたしに、成の慌てて騒いでいた口が閉じる。 接近したあたしの唇は、成の唇を……スゥッと横切った。 「…………?」 羨ましくなるほどに長いまつげを揺らした成が、閉じていた目を薄く開いた瞬間。 「っ!」 あたしは成の右耳に思いっきり噛み付いた。 成が息を飲み込む音がすぐ近くで分かる。こっちを見ようと必死で首を動かそうとしているのも分かる。 でもそれは両肩を押さえ込んだ手が妨害となって、ただもがくだけの行為に終わった。 「イデッ」 あたしはもう一度軟骨に歯を当て、次に首の筋肉、そしてはだけたYシャツの鎖骨。 歯型が残るのも構わずに、あたしは肉をも裂く勢いで噛み付いていった。 その度に成の体に力がこもり、小さな悲鳴があがる。 「って、ててッ! バカヤロッお前は犬か!」 「犬だったら舐めるでしょ」 「あ、そうね……ってコラッ! 冷静にツッコミすんな」 振りあがった成の手を掴むと、その青い血管の浮き上がった手首も前歯に挟まれる。 僅かに舞い上がった埃が斜めに差し込む夕日で反射され、水面に近い海中のようにユラユラと揺れていた。 「準ちゃん準ちゃんって、ばかみたいだよナリ」 指先に力を込めると、骨ばった肩に食い込んだ。成の眉がひそめられる。 「あたしはもう、準ちゃんの隙間なんか……埋まらなくてもいいと思ってんのに」 「イッ!」 成が何か言いださないうちに、左耳にも歯形をおとす。 頬に伸びてきた成の右手の、一番口に近い親指の爪も犬歯で噛んだ。 奇妙な音を立てて、少し伸びた爪が削られていく。 「なんでナリは……そうやって、いつまでも……好きだ好きだ言ってんのよぉッ……!」 あたしに押さえ付けられた成は、一度も動かなかった。 いくら全身の力を込めていても、所詮あたしなんかナリには敵わない。 なのに成はあたしを跳ね除けなかった。 一度も、挟まれた足を動かさなかった。 「香子……泣いてんの?」 「あたしの目の何処に涙があるってゆーの……」 「じゃあ何それ? ヨダレ?」 「…………心の汗」 「古ッ」 準ちゃん。 準ちゃん準ちゃん準ちゃん! 戻ってこないで。あたしの中に戻ってこないで。 準ちゃんは、 準ちゃんは、成に戻ってきてあげてよ。 そうじゃないとあたしはいつか、いつか成を噛み殺す。 「香子、足痺れてきた」 成があたしの頬を軽く叩く衝撃で、ふとずれかけた焦点を戻す。 あたしは肩に置いた手を指先からゆっくり外し、立ち上がってすぐ脇の机につっぷした。 どのくらい時間が経っただろう。 気付かれないようにそっと目を開けると、まだその場から動いてない成が居た。 点々と赤い痕がここからでも分かるほどに浮かび上がり、それはキスマークとは程遠い痛々しい痕。 あたしはまた心の汗が溢れそうになって、再び目を閉じた。 「……ねぇナリ」 「んー?」 普段と少しも変わらない口調。 「あたしあんたにキスされたとき、舌噛んどけば良かった」 「は? これまた古風な自殺? ジャパニーズ忍者?」 「違うっつーの。自分のじゃなくて、ナリの」 成は一瞬ヒク、と喉を鳴らして、何故かそっと微笑んだ。 「フーン。チャンス逃して残念だったね」 「なんで嬉しそうな顔してんの? マゾ?」 「どっちかってーとサド。ヤだね、ベロなんか噛まれたら痛そうだもん」 そう言っていたずらっぽく舌を出した。 さァ噛み付いてもいいデスヨと言わんばかりに。 でもあたしは噛み付く代わりに、角の磨り減った消しゴムを投げつけた。 「あだっ!……ったく、なんでもかんでもすーぐ暴力に走るんだからこの子は……」 「暴力じゃなくて正義の鉄拳」 「ふーん、最近のヒーローは善良な市民にも鉄拳を与えるんだね」 あたしの机に消しゴムを置いた成は、自分の鞄へ歩いていったかと思うと急に振り向いた。 そして満面の笑みを見せつけて言う。 「なんで俺の事好きだって言わなかったの」 本当に、あんたはまだあの頃のばかやろうでしかないね。 準ちゃんの隙間は、成なんかじゃ到底埋まりっこない。 埋まってほしくなんかないもの。 準ちゃんの居ない隙間は、そのままでいいんだと思ったの。 たった今。 「……今までは」 ようやく口を開いたあたしを見て、成はため息まじりで静かに笑った。 それはどこか 誰かに似ている笑顔だった。 「そうする理由もなかったから、ね」 前の作品 次の作品 コメント 名前 コメント
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最悪の一日:~吉良邑子の場合~ ◆EGv2prCtI. 修学旅行より二週間前。 クラスは修学旅行の話題で持ちきりだった。 森屋英太やフラウ辺りのようにはしゃいでたり。 玉堤英人や片桐和夫のように仲間と黙々と計画を立てていたり。 それに最後の青春の年だ。 そりゃそれで何もしない生徒なんか居ないし、そうでなくとも少しは気には止めるイベントである筈だった。 だが、そんなことなど初めから興味の無いかの如く、女子九番、吉良邑子はただ窓際の席から一点のみに視線を向けている。 吉良邑子。 恵まれた家庭に育ち、才覚に置いても一般的なラインよりは幾らか上に芽吹いていた。 どんなスポーツでもどんな教科の勉学でも無理なくこなすことが出来る。 そんな彼女の全てが狂い始めたのは三年前、中学三年生の頃だ。 当時、受験によるプレッシャーが彼女にのしかかっていた。 一応この高校は近くの学校と比べれば比較的学力を必要とされるので、それなりには高い倍率と試験が待ち構えている。 それもエスカレーター式に大学に入れるというのだから、多くの中学生達がそれを狙わない筈がない。 邑子もその一人だった。 いや、そうであったと言うべきだったのか。 その頃の邑子はすっかり自信、というかやる気を喪失していたのだ。 思春期――だろうか? その時期によくある現象だ。 見えない将来や、今の堕落した周囲。 自分が生きていることに意味はあるのだろか? 見いだせない答えがただ頭の中で錯綜し続ける。 そして訪れるのは無限に広がる無。 生きる意志すら飲み込んでしまいそうな広さの無だ。 そこに邑子は全てを持って行かれようとしていた。 その時に思い出したのだ。 ――幼い頃の、あの記憶を。 街角の占い屋。 たまたま覗いた紫の内装の店の中で、これまた紫のヴェール、 紫の手袋、紫のローブに身を包んだ女性が中央に座っている。 怪しい香の匂いが立ち込め、異様な雰囲気が漂うその空間。 その猫背の女性が「初回だからロハで」と自分のことを占ってくれた。 「愛した者にはずっと仕えると未来は明るい」 これが、そのおおまかな内容だった。 普通ならばただの恋愛占いの結果だと受け取ることになっていた。 しかし――邑子は違った。 自分の進むべき道が瞬間的に見えた――のだろう。 恐らく、その記憶で。 それからだった。 邑子は、誰かに奉仕しようと努力し始めた。 それが自分の存在意義で、そして自分の未来の為であるとでも確信したからだ。 そうして中三、高一、高二の時間はすぐに過ぎていった。 今度は以前から気になっていたあの猫族の女子生徒――テトを慕おうとしている。 悪いことなどではない筈だ。 テトに気に入って貰えるように邑子は数ヶ月前から手を回していた。 そしてその日の昼休みを迎えた時、待ちに待った邑子はテトに体当たりを敢行した。 「あ……!?」 テトの口元が、後一センチ、という所で邑子の顔が止まっていた。 廊下でのすれ違いざま、邑子はテトと口吻を交わそうとした。 しかし、頬に大きな抵抗を感じてそれ以上顔を近付けることが出来ない。 両手でテトが邑子の顔を押さえているのだ。 そのままテトは床に邑子の顔を受け流すと、廊下の奥向こうへ走り去る。 「待って! お願い!」 邑子は頬を張られたようなショックを受けながら、叫んだ。 周りの目など気にもならなかった。 邑子にとってはテトは光の筋でテト以外は無――そう、あの受験の時に迫った死の虚無に等しかったのだから。 にも関わらず、邑子は再びその虚無に囲まれてしまった。 テトはもはや邑子が視認できない、何処かの角を曲がって行ってしまった。 虚無から邑子に向けられるのは驚嘆。或いは嘲笑。 気にはならなかった。 それよりテトに裏切られた悲しみの方が邑子には大きかったからだ。 深い深い深海の底に突然沈められたような感覚。 それ程までに邑子は当座、テトに依存していた。 だが、まだ手段が無い訳ではなかった。 これまでも“主人”を作る為に仲間達に協力してもらっているのだ。 今回もその仲間達に手を貸して貰う必要が出てきた。 邑子が選んだ次の行動としてはそれだけだった。 放課後。 太田太郎丸忠信、壱里塚徳人、愛餓夫らと共に旧校舎裏でそれを待つ。 そして来た。 貝町ト子とテトだ。 この太田の第三の手とも言える貝町ト子という人間は薬物中毒でもあるどうしようもないゴミクズで、それなのにテトの友人なのだ。 邑子にはさっぱり理解出来なかった。 早くテトとこんなゴミを離させたかった。 餓夫が、テトを角材で殴りつけて気絶させる。 それから前から太田がテトの肩を掴んで、制服を強引に脱がせ始める。 ああ――いよいよテトは本当のテトを露わにしてくれるのだ。 そう考えると邑子の身体に熱が帯び始める。 「で? 壱里塚や吉良はしねーのか? 子猫ちゃんの調教をよ」 その為に邑子は太田ごときの仲間となったのだ。 この誘いを断る理由など、無い。 「私は遠慮なくさせていただきますね! 太田君!」 「いや……や……めて……」 邑子は、テトの背後から身体を密着させる。 テトの尻尾を無理矢理掴んで、それを自分の顔の近くまでぐっと引っ張る。 何度もそれを繰り返して、その度にテトは苦痛に顔を歪めた。 それを加え、目の前で太田に蹂躙されるテトの表情を見ながら思った。 ああ、自分は本当はこんなことを望んでいた訳ではない。 だがテトのこの表情を見ていると、脳神経の奧から快感が巻き上がる。 テトにはそんな魔力があるのだ。 いや――魔力、と言うよりは魔性か。 生まれ持っての魅力。己の意思とは無関係に人を惹き付ける情欲的な肉体。 そう、悪いのはすべて――
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神の墓場 ここにいけた人たちは一応、神の住む大陸にいけたわけであり、とても名誉なこと?バリハルトはここに落とされても自力で脱出したらしい - 考察 (2019-05-07 22 02 04) でも神の処刑場みたいなとこですからねぇ…逆に凄く不名誉なのかもしれない - 管理人 (2019-05-07 22 28 56)
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現代医学ならなんとかしてくれるはず 最終的な診断が下り、いよいよ治療の始まりです。 手術は整形外科でやりますが、抗ガン剤治療は小児科で行うことになり、娘は7階から4階の小児科病棟に移ってきました。 部屋は405号室、やはり4人部屋で、同じ年頃の女の子や、生後間もない赤ちゃんもいました。この部屋には、さらにビデオまであり、ゲームを持ち込んでもよいとのことでした。 こういう充実した設備は、特に長期入院の患者さんにとってはありがたいものです。雰囲気も明るいし、何とか娘もこの中でがんばって欲しいものだと思いました。 その夜、小児科の先生方との面談がありました。娘も交えて、3人で治療についての詳しい説明を受けました。 病棟主任のM先生、担当のN先生、そして研修医のH先生という若い女の先生の3人でした。 治療は薬が3種類あり、それぞれ24時間、48時間、72時間かけて打つとのことでした。妻の抗ガン剤治療の時は、二つの薬を約1時間程度かけて入れるものでしたが、娘には丸3日も薬を入れ続けることになります 抗ガン剤の激しい副作用について妻は体験しているので、それを3日も入れ続けるという治療に対して大変不安そうでした。 妻の時の悪夢 忘れもしません。 妻の抗ガン剤での苦しみは、2000年1月4日、その前の年の11月に乳ガンの手術を受け、約2週間ほどで退院した妻は、その後、順調に体力も回復し、正月は妻の実家でのんびりと過ごしていました。 そして正月気分も抜けきらない1月4日の午前中に抗ガン剤治療を受けるため、私の車で市民病院まで行ったのです。 1時間ほどで治療は済み、妻は比較的元気そうな感じで、治療室から出てきました。事前に副作用で吐き気がひどいこともあると聞いていましたが、妻はなんともなさそうでした。 市民病院の近くの百貨店に立ち寄り、昼食に天丼を食べ、さらに少しウロウロして、2時ごろ実家に戻りました。 その後も実家の母や姉らと元気そうに笑いながら話しているのを見て、「世間でいうほど副作用もたいしたことないんだろうなぁ。とりあえず妻は吐き気の少ないタイプだったんだろう」と私も少し安心をしていました。 ところが、吐き気は4時ごろから始まったのです。 最初は「アッ、チョットきた」とか言ってトイレに行ってもどしてきたようですが、顔色も悪くなく、実家の母らと「やっぱり少しはあるんじゃねえ、吐き気も」などとのんきそうに笑っていました。 そしてまた30分位のちに「アッ、チョット」と言ってトイレに立ちました。 それからが地獄の始まりです。どんどんトイレに立つ間隔が短くなり、顔色も青ざめてきました。 胃の中にはもう何もないのにもどす時のあの苦しみ、私もひどい二日酔いの時の経験から、「何か少し口にした方がよいのでは」と言いましたが、抗ガン剤の副作用とはそんなに甘いものではなかったのです。 どんどんもどす間隔が短くなり、妻の頭の中は「今もどそうか、もう少しがまんしようか」の二つのことしか考えられない状態であったと思われます。 もちろん病院から吐き気止めの薬はもらっていましたが、飲んだところで1分ともたずにもどしてしまうので、効果のあろうはずがありません。もうトイレに立つ元気もなく、一晩中洗面器を抱えて苦しんでいました。 1日たてば少しはおさまるだろう、と実家の母らと話し合い、次の日、私は新年最初の仕事にでかけることにしました。 例年なら仕事始めは、取引先の社長さんや発注担当さんへのあいさつをし、神社への初詣をしたあと、仲間と昼から一杯飲んで、酔い覚ましに会社の近くのパチンコ屋で晩ごろまで過ごすのが常でしたが、さすがにこの日ばかりは昼飯も食べずに妻の実家へ戻りました。 そこに待っていたのは、昨日と変わらず苦しげにもだえている妻の姿でした。 もどすものもあろうはずもないのに、うつ伏せで洗面器を抱え、呼吸をするのすら大儀そうな様子です。 私はすぐ市民病院に電話して。相談することにしました。 幸い、担当の先生に連絡がとれ、「すぐこちらに来てください。吐き気止めの点滴をしましょう」とおっしゃっていただけました。 点滴を受けた妻は、ようやく少し落ち着いた様子で、だんだんもどす間隔が長くなってきました。 それでも、その翌日も何も食べられず、1日中洗面器を抱えている状態でした。 4日目になり、ようやく吐き気はなくなった模様でしたが、私にとってもなんともつらく苦しい3日間でした。 それでもガンという病気を治すためには、なんとか妻にがんばってもらわなければならない。何としても予定の回数である6クールは、治療を受けてもらわなければならない。でなければ妻は……。 妻の治療はホルモン療法へ そして1週間後、また治療を受けました。この時は、薬も一つだったので、前回ほどの吐き気はありませんでした。 この2回1セットで1クール、これを6クールも行わなければなりません。そして3週間後に2クール目。結果は前回同様、地獄の3日間でした。 あまりの副作用のひどさに思い余って、担当の先生に相談したところ、「それでは治療方針を変更しましょう」と言って、抗ガン剤治療からホルモン療法に替えることを告げられました。 これは薬によって女性ホルモンを抑えて、まだ残存しているかもしれないガン細胞の増殖を抑えることが狙いの治療法です。 乳ガン、子宮ガン、卵巣ガンなど、女性ホルモンの分泌によって増殖する細胞の器官のガンに有効な治療法だそうです。女性ホルモンを抑えるために生理が止まり、更年期障害の症状は出るが、抗ガン剤のような激しい副作用はないとの説明でした。 あの地獄のような吐き気がなくなるのは喜ばしいことですが、治療法を変更して、妻のガンは本当に大丈夫なんだろうか、という不安がありました。術後の治療の説明で、「抗ガン剤治療が一番良い方法である」という説明を受けていたからです。 が、このときの先生の判断が大正解だったと、その後の妻の回復ぶりからみて私は確信しています。 そのような恐ろしい抗ガン剤を13歳の娘に、それも3日間も続けて打つというのですから、私たちの不安はたとえようもありません。 妻が3日間病院に泊まる決定をしました。私も1日くらい代わってあげたいのですが、本人も嫌がるでしょうし、まわりが同じ年頃の女の子ばかりなので、そうもいきません。状況によっては、仕事を休んで昼間だけ妻と代わるように考えていました。 悪魔の抗ガン剤(10月27日) 10月27日、治療開始です。 私は不安にかられながら仕事に出かけ、7時ごろ、病院にかけつけました。そして、娘の病室に入った私の目に飛び込んできたのは、のんきそうにベッドの上に座ってゲームをしている娘の姿でした。 「アレッ? なんともないの?」 娘はゲームに夢中で、「うん、うん」と生返事をするばかり。 妻も「今のところ大丈夫みたいね」と少し笑顔も見えていました。 私も少し安心をして、9時ごろ家に戻りました。 そして11時ごろ、妻にメールを送った時も、「別になんともないよ」という返事でしたので、「ああ、娘の場合は副作用がないみたいだなあ。やはり子供なので、妻の時とは薬の量とかが違うのだろう」などと思い、眠りにつきました。 翌朝、仕事に出かける前、もう一度妻にメールを送ったところ、「夜中の2時ごろより少し吐き気があり、今は吐き気止めの点滴を打って寝ている」と返事がありました。 「やはり吐き気はあるのか。でも、妻の場合と違い、ずっと病院にいるので吐き気止めの点滴もすぐに入れてもらえるし、なんとかがんばってくれるだろう」と思い、その日の仕事をすませました。 そして、7時ごろ病室で見た娘の姿は、昨日とはうって変わった無残なものでした。 そう、あの時の妻の顔と同じ、人生のすべては、「ここでもどすか、もうすこしがまんするか」という2点だけという、目の焦点も定まらず、ただ両手で洗面器を抱え、涙を流す元気すらなくなった娘の姿でした。 私は息をのむ思いで、ただ恐ろしさに立ちすくんでしまいました。 どんな言葉をかけても、今の娘には無意味だということはすぐにわかりました。しかもまだ半分以上治療時間は残っているのです。 極限まで苦しんでいる、かわいい娘の身体に着々と恐ろしい薬は入り続けているのです。 病気を治すためには、これしかないのだと自分に何度も言い聞かし、娘に心の中でがんばってくれと願い続けました。 けなげにも耐える娘(10月29日) 3日目に入り、2本目の薬が終わってから娘は少しずつ楽になってきたようです。 もどす間隔も徐々に長くなり、顔色もだんだん赤味がさしてきたように見受けられました。 この日、私は仕事を休んで妻と看病を交代していました。 妻も、精神的にも、肉体的にもボロボロのはずです。少しでも体力を回復し、気分もリフレッシュして、また夜、娘の看病に専念してもらいたいと思ったからです。 娘は、私には泣き顔は見せませんでしたが、「2日目の夜中に、あまりの苦しさから声をあげて泣いたのよ」と妻に聞いていました。 私は娘になぐさめる言葉も励ましの言葉もただむなしいような気がして、ただただ見守ることしかできませんでした。 早く娘の苦しい時間が過ぎ、少しでも身体が楽になるように、そして憎むべきガン細胞が少しでも減っていてくれるようにと祈りながら、夜の7時ごろ、妻が病院に戻ってきた頃には、娘はだいぶ楽そうになっていましたが、まだ食事はもちろん、お茶さえもこわがって飲もうとしません。 それでも、私が帰るとき少し笑顔を見せてくれました。 翌日の昼ごろ、長かった1回目の治療がやっと終了です。 私が病院に行った7時ごろには、吐き気もほとんどおさまり、玉子スープをおそるおそる飲んでいるところでした。 この日は消灯時間をだいぶ過ぎたころまで病室にいて、看病で疲れきった妻と一緒に家に帰りました。 今日からはまた、娘は一人で夜を過ごさなければならないのです。 こうして長くてつらかった1回目の抗ガン剤治療が終わりました。 嘔吐の激しさでは妻の時の方がひどかったと思いますが、娘の場合は、吐き気がきてからもなお、50時間以上も薬が入り続けたのです。 その苦しさ、つらさは想像を絶するものだったでしょう。それでも娘はよく耐えて、がんばってくれました。 疲れ果てて寝ている妻の横で私は、「これで娘の身体から、だいぶガン細胞も消えていることだろう。このまま病院の先生方を信じて治療を続けていけば、娘はきっと助かるに違いない」と、信じていました。 娘はこんなにがんばっているのだ、ガンなんかに負けるはずはないと。 母のこと 次の日からは、またいつもの毎日の始まりです。 いつもの毎日といっても、このころの私は結構大変な生活をしていました。 私には80歳を過ぎた母親がおり、家から歩いて5分ぐらいのところにアパートを借りて一人で住んでいます。 母は父を約10年ほど前にガンで亡くして以来、一人で生活していましたが、やはりだいぶ肉体的にも、精神的にも衰えてきたので、私の家の近くに引っ越して、私たちで、ある程度の面倒をみようということにしていたのです。 始めのころは、自分一人で買い物などにも行き、私が行った時などは、料理なども食べさせてもらっていたのですが、このころにはもう家事もできなくなり、一人暮らしをするにはチョットあぶないところまで衰えていました。 それでも施設みたいなところに入れるのはかわいそうだし、私の家で同居するのもいろいろ難しいことがあるだろうということで、近所のデイサービスや、ホームヘルパーさんなどの助けを借りて、なんとか生活をしてもらっていたのです。 それで私は、朝、コンビニなどで母の1日分の食料を買い、母のアパートに行き30分ほど過ごしたあと仕事に出かけていたのです。 でも、母の存在がのちに娘の病気にとって、大きな意味を持つことになるのです。 治療費の負担 私の仕事は、自分で働けば働くだけ収入になる仕事でしたので、以前は結構朝早く出て、夜遅くまで仕事をすることが多かったのですが、朝の時間帯が制約されるようになっていたのです。 そして夜の7時ごろには病院に行き、娘の顔を見て、9時ごろ昼間バスで病院にきている妻を連れて一緒に帰るという毎日でした。 つまり夜の時間帯にも制約ができ、以前より仕事ができる時間はかなり短くなっていました。それに完全に休む日も増えたので、収入はかなり減ってしまうことになったのです。 ところが、わが家の家計にとって、とてもありがたいことがあったのです。 それは、娘が小児科病棟に移った時、病院側で「難病指定」というものをとっていただき、それ以後、娘の治療費を負担することがなくなったのです。 ガンの治療にかかる費用はかなりの高額です。実際、妻の治療に要した費用はかなりの額になりますし、現在でも続いているホルモン療法の薬代も、月々かなりの額になっています。 そんななか、娘にかかる治療費が入院のベッド代も含めて、すべて無料になるこのシステムがなければ…。 いくら借金してもいい、娘の病気を治すのが最優先だと心は決まっていましたが、現実、治療費やベッド代、食費なども含めると、かなりの高額負担になると思われます。 それをすべて負担してくださるこのシステムは、本当にありがたいもので、これなしでは現在のわが家はなかったかもしれません。 髪の毛が抜けた 抗ガン剤の副作用は、激しい吐き気ばかりではありません。 見た目的には脱毛します。13歳の女の子にとっては覚悟していることとはいえ、あまりにもつらく、悲しいことでしょう。 そして一番恐ろしい副作用は、造血細胞を攻撃して、血液の数値が減ってしまうというものです。 赤血球が減れば貧血になり、血小板が減れば出血したさい、血が止まりにくくなります。そして白血球が減れば免疫力が低下して、風邪などの感染症にかかりやすくなります。 また、せっかく抗ガン剤でガン細胞が減っても、免疫力の低下により再びガン細胞の勢いが増すという恐れがあります。 また、腎機能や肝機能にも重大な障害を与えることもあり、できれば使いたくない薬なのではあります。が、この時点ではこれがガンを治す最良の方法であると信じておりました。 初めての外泊、うれしそうな娘 治療から2週間くらいたち、髪の毛の抜ける量もだんだん多くなってきましたが、減っていた血液の数値がだいぶ元に戻ってきたので、2泊3日の外泊ができることになりました。 娘にとっては約1カ月ぶりのわが家です。帰る時、車に揺られて少しもどしてしまいましたが、それでもとてもうれしそうな顔をしていました。 食欲もだいぶ出てきたようなので、私も「男の買い物だ」などとわけのわからないことを言って、マツタケやズワイガニなど、普段わが家の食卓にはのらないものを奮発して買ったりもしました。 家でも3日間は本当にアッという間に過ぎ、また娘は病院に戻ってしまいました。 髪の毛も半分ぐらい抜け落ちてしまい、もともとやせていた体重も少し減ったようです。 それでも娘は精神的には元気でした。あれほどつらかった抗ガン剤治療に対する恐れやうらみごとも、自分の今の境遇に対する不安や泣き言もいっさい聞いたことはありません。いつも明るく、前向きに、楽しく生きていてくれています。 でも本当はとてもつらかったんでしょうね。 院内学級にも通いだしました。 これは病院内の2階にありますが、身体がしんどい時は、先生がベッドまできて授業をしてくれます。本当にありがたいシステムです。 でも娘は勉強のほうはあまり積極的ではなかったようですが、それでも2時ごろまではこの院内学級で授業を受け、妻はそれが終わるころバスで病院に行き、私が7時ごろ仕事を終え、娘の顔を見て、妻と二人で家に帰るという元の生活に戻りました。 そして週末には、また2泊3日の外泊ができるとのことです。娘は、それだけを楽しみに病院生活を送っていました。 しかし、その外泊がすんだあとは、2回目の抗ガン剤治療が待っています。前回あれほど苦しんだ治療に対する恐れや不安はあったでしょうが、それを感じさせないほど家では明るく、前向きに、楽しく過ごしていました。 でも、病院に戻るための着替えをする時、「ア〜ア」とため息をついていましたね。 2回目の抗ガン剤治療(11月17日) 11月17日、2回目の抗ガン剤治療が始まりました。 前回より早く、1日目の夕方ぐらいから吐き気は始まっていました。私は2日目に仕事を休んで妻と交代し、娘を見守りました。 この2日目が一番きついらしく、洗面器をずっと手放すことのできない状態で、見ている私の方がくじけそうになるほどです。それでも娘は、私の前では、泣き言一つ言わず、この壮絶な苦しみと闘ってくれています。 自分でも病気を治すためには、これをやるしかないんだということを感じているのでしょう。でも本当につらそうでした。 妻と交代し、娘の病室をあとにする時、病院の廊下が涙でゆれてしまいました。すみません。あなたの方がつらいのに。 そして2回目の治療がすみ、外泊ができるようになるころには、娘の髪の毛は全部なくなっていました。髪の毛だけではなく、まつ毛やまゆ毛も抜けてしまうので、娘の顔の感じが少し変わって見えます。 それでも娘は落ち込むどころか、「これで抜けた毛の片づけをせんでいいからスッキリした」などと明るくふるまってくれていました。 精神的には、ガンにもつらく苦しい抗ガン剤治療にも負けてはいなかったのです。でも、肉体的には弱まってきているのはだれの目にも明らかです。 しかし、ガン細胞は確実に減っているんだ、この苦しさに負けずに先生の方針どおりの治療をしていけば必ず娘は治るんだと信じておりました。がんばってください。 3回目の抗ガン剤治療(12月8日) 12月8日、3回目の抗ガン剤治療がはじまりました。 あいかわらずの激しい吐き気です。 抗ガン剤の副作用にはいわゆる慣れというものはありません。それどころか、身体の弱まりとともにますます激しくなってくるようで、血液の数値などもかなり落ち込み、食事も加熱食しか食べられないようになりました。 これは、白血球の低下により免疫力が落ち、感染症にかかりやすい状態になっているためで、冷蔵庫に入れておかねばならないような食べ物は、口にすることができなくなったのです。 病院の食事もパサパサになるまで焼いたような肉とか、汁気があまりなくなった煮物など、だれが見てもあまりおいしそうとはいえないものばかり出るようになりました。 ただでさえ食が細っていた娘は、さらに体重を落としていったようです。 順調な様子 3回目の治療終了後に検査をし、その結果で今後の治療の方針を立てましょう、とのことでした。 これだけつらい治療をしてきたのだから、娘の身体からガン細胞はだいぶ消えているだろう、できればきれいになくなっていてくれと期待しつつ、私と妻の二人で先生の話を聞くことになりました。 「腕の腫瘍はだいぶ小さくなっています。抗ガン剤は効いています。ただ、副作用で腎臓の機能の低下が認められますので、次からは薬を替える可能性もあります」とのことでした。 あれほどつらい思いをした効果はあったのです。 副作用で身体のほうはかなりまいっているようですが、「とりあえずは順調だ。このまま先生方を信じて任せていけば、必ず娘の病気を治してくださるだろう」と考えていました。 年末年始の長期外泊 腕の腫瘍は小さくなったようですが、肺転移は大丈夫なんだろうか、と少し不安に思いましたが、とりあえず順調にことが運んでいるようなので、あまり気にしないことにしました。 娘の身体は、抗ガン剤の副作用でかなり弱ってきているようです。 腎臓の機能が低下しているというのが不安でしたが、これもガンを治すためには仕方のないことなんだろう、先生方がよく気をつけてみていてくださるから大丈夫なんだろう、と思っていました。 実際、ちょくちょく発熱したり、治療の合間の比較的元気であるべき時期にも、もどしたりしていました。 それでも暮れから正月にかけて1週間の外泊許可がでました。 「なにかあったらすぐ病院に連絡してください」と何度も念を押されましたが、娘は家に帰ってきました。とてもうれしそうです。 「この1週間で栄養のあるおいしいものをいっぱい食べさせて、少しでも体力を回復させ、次からの治療に備えてもらおう」と妻ははりきって正月料理のごちそうや、娘の好物を作っていました。 そのかいあってか、家にいる1週間の間、娘は発熱もなく、吐き気もなく、食欲も病院にいる時の倍近く食べていたような気がします。 気分もリフレッシュして笑顔でいる時が多かったのですが、ついに明日は病院に戻らなければいけないという夜に、また「ア〜ア」と大きなため息をついているのを見てしまいました。つらいですね。 娘を支えてくれた方々 病院に戻った娘に待っていたのは4回目の抗ガン剤治療です。 薬は結局今までと同じものを使い、次回から替えるということになりました。 やはりわが家で1週間おいしいものをたくさん食べたせいでしょうか。吐き気は若干軽くなったような気もしました。 4回目の治療も何とか乗り切ってくれました。本当にわが子ながら頭のさがる思いです。 このころ、隣のベッドにSちゃんという、同じ中学1年の女の子が入院してきました。少しあとでわかったことですが、この子の病気は白血病だそうです。 今まで同じ年頃の患者さんたちともあまり話をしなかった娘ですが、このSちゃんとは気が合ったようです。二人とも携帯電話を持っていたので(入院生活の必需品と思い、10月ごろ購入しました)メールのやりとりをしたり、お互いのマンガ本の貸し借りをしたりと、とてもなかよくしていたようです。 もう一人、M先生という若い女性の研修医が娘に良くしてくださり(この先生は他の患者さんたちにもとても人気があったようです)、夜など妻が帰ったあと、自分の勤務時間はもうすんでいるのに1時間も2時間も娘と話をしていてくれたそうです。 この二人のおかげで、娘は一番つらい時期も明るく、前向きに、楽しく生きてこられたのだと思います。本当に感謝の気持でいっぱいです。 また、このSちゃんのお母さんとうちの妻がとても気が合ったようで、よく1時間ぐらい立ち話をしたりしていました。 余談ですが、私がこの小児科病棟に通いだして感じたことの一つに、付き添いのお母さん方がみんなとても元気で明るいということがあります。何カ月も入院している子供の付き添いで、みんな心身ともにボロボロのはずなのですが、気軽にあいさつを交し合い、とても和やかな雰囲気の病棟になっていました。 とてもわれわれ男親にはまねのできない、女性である母親の強さ、たくましさに頭のさがる思いがしていました。 5回目の抗ガン剤治療(2月3日) 2月3日、5回目の抗ガン剤治療が始まりました。 手術前最後の抗ガン剤治療です。手術に対する大きな不安はありますが、とにかく、ここまでは順調にきているようです。 娘も心配していたほどの精神的な落ち込みもなく、本当によくここまでがんばってきてくれました。 私は、このまま現代の医学が、妻同様、娘も救ってくださるものと信じていました。 今回の治療は前回までとは違う種類の薬を使っています。今までの薬と違い、副作用である吐き気は格段に軽いようです。 娘も「このくらいなら別にどうってことないや」と言い、妻も「術後の抗ガン剤もこのくらいの副作用ならなんとかなりそうなんだけどね」と少しずつわが家にも明るい光が差し込んできたような気がしていました。 手術の日取りも3月5日に決まり、娘も覚悟を決めているのか、それほどの動揺もなさそうです。 手術に備えてのいろいろな検査も始まりました。何もかもが、順調に進んでいるように見えました。 最悪の事態(2月25日) そして2月25日、仕事をしている私に、病院にいる妻から1本の電話が入ったのです。 「お父さん、今日、肺のCT検査の結果について先生からお話があるそうなので、早めに病院にきてください」とのことです。 私は少し嫌な予感もしましたが、手術の時に、一緒に肺の細胞をとる検査をするのだろうかくらいに考えて、不安そうな妻にも「あまり気にすることはないだろう」と言いました。 約束の7時少し前に病院に着きました。 娘も妻も普段どおりです。昨日までと変わらない空気がありました。 7時になり、妻と二人で相談室に行きました。そこには初めて見るS先生という先生がいらっしゃいました。 病棟主任のM先生より少し貫禄のありそうな(実際には同格だそうですが)、その先生が淡々とした口調で話しを始めました。 「娘さんの肺にガン細胞の転移がみられます」 そう言いながら昨日撮ったCTの写真を並べ始めました。素人の私たちが見てもよくわからないのですが、どの写真にも白い部分があるような感じでした。 「20カ所ぐらい、腫瘍が認められるようです。かなり大きくなっている部分もあります。肺のまわりに少し水がたまっているようにも見受けられます」——感情を押し殺した声で淡々と説明をしていきます。 私には先生が何をおっしゃっているのか、何をおっしゃりたいのか考える余裕もありません。 「大変シビアな内容の話なのですが、娘さんに実際に症状が現れるのに半年はかからないと思われます」 相談室の空気が完全に凍りついてしまいました。 私はまだ事態の把握が全然できておらず、「ハア」とか「アア」とか言うのが精一杯です。 「転移が認められますので手術は中止にして、QOL(クオリティ・オブ・ライフ—生活の質)をよく考えて治療をしていきたいと思っています。」——私にもだんだんことの重大性がわかってきました。 「あの、それってもう何の治療も行わないということなのですか?」 やっとの思いで私があまり意味があるとも思えない質問を口にしました。 「いえ、私どもとしてもこれからも最善の治療は続けていく方針です。ですが、今まで一番いいと思われる薬を使ってこの状態になってしまったのですから……」 「放射線とか何か他の治療法とかはないのですか?」 「娘さんのガンの場合、放射線治療は少し難しいと思われます。他の治療法でも効果が期待できるものは少ないので、とりあえずは、今までと違う種類の抗ガン剤を試していきたいと思っています」 その後も意味がないと感じつつも、何としても今の先生の話を受け入れたくない、認めたくないとの思いだけで、いろいろな質問を繰り返しました。 唯一意味のある話としては、このことを本人に伝えるかどうかという選択です。私たちは肺に転移のあることはふせて、単に治療の方針上もう少し抗ガン剤を続け、手術は一時延期にすることに決定した、という内容のことを先生の口から娘に伝えてほしいとの希望を言いました。 妻を見てわれに返る 話は1時間ほどで終わりました。 でもこの時間の前とあととで私たちの周りの空気はガラリと変わってしまったのです。 私と妻は相談室を出ました。 放心状態の私はボンヤリと妻の顔を見ました。 その瞬間、「これはいけない! このままではいけない!」と感じてすぐ妻をサンルームに連れて行き、二人で話しをすることにしました。 母親である妻の顔は、私以上にボーっとしていたのです。でも逆に、それを見て、私の頭は正気を取り戻しました。いや、それ以上に、なにか火事場の馬鹿力的な力がわきあがるのを感じていました。 「何か方法があるはずだ、明日、仕事を休んで調べてみる」 サンルームに入ってすぐ妻にこう言いました。 こんなとき、「大変なことになった」とか「どうしよう」とかいう言葉は事態を悪化させるばかりだと判断できる精神状態になっていました。 「先生はああ言ったが、放射線療法とか免疫療法とか遺伝子療法とか必ず何かあるはずだ」 嘘でもハッタリでもいい。ここで今一番大切なことは、とにかく妻にも前向きになってもらうことです。妻の顔も少し生き返ってきました。 そして私は病院の悪口を言い始めました。 「なんで肺転移に今まで気づかなかったのか、検査を怠っていたのではないか」 「5回目の薬の選択が誤ったのではないか」 さらに、「転院のことも含めて考えてみよう」とか思いつくまま勝手なことを言いました。 別に本気で言ったわけではないのですが、とにかく妻に娘を治す手段はまだあるんだ、希望を捨てることはない、ということを思い込ませたかったのです。 そして娘にどのように伝えるか、どのような態度をとるべきか、などという具体的なことを話し合いました。このあたりの話になると、もう妻の方が主導権を持ち始めました。 妻も嘆くばかりでなく、次に、そして今、なにをすべきかということを考えられる精神状態になってきたのです。 嘆き悲しむことは簡単ですが、それでは何の前進もありません。 とにかく今、何かわれわれにできることはないか、娘のためになるようなことは何かないかということを考えられる雰囲気が、私と妻の間にできてきていました。 二人で出した結論は、とにかく今までどおりの態度で娘と接していくということでした。 単に手術は中止になって、もう少し抗ガン剤治療を続けることになったということだけ話して、いつものように、いつもの時間に病院をあとにしました。 車に乗り、妻は涙を流すことはありませんでしたが、黙ったまま厳しい顔をしています。私もしいて声をかけることはしませんでした。 あとはそれぞれが自分にできること、娘にとって自分ができる最善のことは何かということだけ考えていけばいいのです。 しかし、やはり寝床に入った時、妻の押し殺すような鳴き声が聞こえてきました。私は気づかぬふりをしていました。私も風呂に入った時、一人で涙を流していたのです。それは悲しい涙というより、悔しい涙でした。 二人とも口には決して出さないけれど、現実の厳しさは充分把握しているのです。 大学病院の先生が言外に「覚悟しておいてください」と言ったのです。 素人の私たちに何ができるというのでしょう。あんなに娘はつらい抗ガン剤治療を胸が痛くなるほどけなげにがんばってきたのに、妻の涙も多分悔しさの涙だったと思います。 つぎへ 「現代医学の限界を感じ──回復、退院へ」>
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今までは俺が騙され続ける話だったのに、最近になって戦争モノになりやがったこの話も元に戻り、再び俺が騙される羽目になる。 さて、今回の黒幕は誰だろうか。当たった方には盛大な拍手を送ろうと思う。 午後七時三十五分。校庭にて。 ヘリコプターが着陸できる場所なんてあまり無い。ましてや街中となると、なおさらだ。 学校の校庭というのはヘリを着陸させるためではなく、賞品が貰えるわけでもなくただ筋肉痛になるために行われる体育祭のためにあるのだが、 ヘリが着陸できないわけじゃない。 大量の砂埃を巻き上げながら、ヘリコプターは着陸した。 ヘリから降りて、久しぶりの地面の感触を足で確かめる。 ……人間はやっぱり陸に住む動物だな。俺は空は好きじゃない。 校舎は電気がついていない。真っ暗だ。まあ七時なので当然と言えば当然か。 「で、どうするんだ? 朝倉を倒さなきゃならないんだろう?」 「彼女をここに誘き出す。襲撃があった際に一番安全な場所にいるのが望ましい」 「そこはどこだ?」 午後七時四十分。部室にて。 「結局ここかよ」 俺はいつもの席に座り、自分で淹れた少し熱めの静岡茶を飲んでいる。 長門はいつもの席に座って、ドアを見つめている。読書はしてない。 「朝倉はここに来るのか?」 長門は数ミクロンほど頷いた。 「どの位したら来るんだ?」 「来た」 ……未来形ではなく、現在完了形で答えてくれた。 慌てて窓の外を見るが、ブラックホークはいない。どこだ? 「彼を渡してもらおうかしら」 ……俺の後ろに居た。 急いで振り向くと、あのトラウマの微笑があった。 今回はブラックホークじゃないんだな。 「ヘリなんかで派手に来るよりもこっちのほうが手っ取り早いもの」 「彼は渡さない」 美少女二人が男の奪い合い。 そこに機関銃と自衛隊のブラックホークが無かったとしても、怖いのに変わりは無い。 ああ……漫画のようなシチュエーションは俺の人生において訪れることは無いのか? 戦争映画のようなシチュエーションはたくさんあったが……。 部屋が初めて朝倉に襲われたときのような狭苦しい空間へと変わっていく。トラウマだ。 「思念体からの離反は許されない」 「思念体? 今のあたしには思念体なんて関係ないわ! 神はこのあたし! 神であるあたしがこの世を統括しているの! 離反しているのはそっちでしょう! 神に逆らうなんて許されざる行為だわ! 神への冒涜よ! あたしが望めば思念体なんて存在そのものが消滅する。それでも抵抗するつもりなの? 彼をこちらに引き渡しなさい。」 最悪の状況だ。そもそもこいつは何がしたいんだ? こいつがしたい事さえわかれば、少しは抵抗できるかもしれない。 「……朝倉、俺を人質に取る理由は、俺がまだ神としての力を持っているから俺を監視する必要があるからだろ? じゃあ、これならどうだ?」 俺は長門のほうを向き、言った。 「長門、俺を殺せ! そうすれば、朝倉が俺を人質に取る理由が無くなる!」 「それはできない」 「いいから俺を殺せ!! 拳銃でも何でもいいから早く!!」 俺は長門の目を見た。……理解してくれ。 「……インターフェイスが、無許可で有機生命体を殺傷することは禁じられている。 だから――」 やった! 「あなたが自分の手で命を絶つべき」 長門は何も無いところから拳銃を取り出し、俺に手渡した。 よし、これでいい。 装弾数は六発。 スミス&ウェッソン社が1955年に開発した38口径のリボルバー、コンバットマグナムだ。 まさか一週間のうちに三回もこの銃を見る羽目になるとはな。 俺は銃口をこめかみに向けた。 「あなた……自分が何やってるかわかってるの?」 「十分わかってるつもりだが。俺は神としての力を持ってるんだから、 お前は俺を常に監視している必要がある。でも、俺が死ねばその必要は無くなるだろ?」 「……絶対にそれだけはさせないわ」 勝った。 「なんでだ? 俺を監視する必要がなくなるんだ。お前にとっても損は無いだろ? むしろプラスになるはずだ」 「いいからその銃を捨てなさいっ!!!」 朝倉の目が血走っている。こっちへ一歩足を踏み出した。 「それ以上動くな! このまま引き金を引くぞ!」 ああ……俺は何やってんだ? 自分で自分を人質に取ったのは生まれて初めてだ。 「あたしの夢を叶える為にはあなたの存在が必要不可欠なの! だからその銃を捨てて!」 やっぱり。 「なら尚更だな。それ以上近づけばお前の夢は永遠に叶わん」 朝倉は一歩後ろに下がった。 「なんで……あともう少し、あともう少しだったのに!」 俺は、初めて朝倉が涙を流したのを見た。おそらく長門も初めてだろう。 「あともう少しで、あたしの夢が叶ったの! 長門さんが邪魔しなければ、長門さんの邪魔さえなければ! あたしは好きな人と一生を共にできた! 幸せな生活を送ることができたの! でも長門さんがそれを邪魔したのよ! 長門さん! なんであなたはいつもいつも、あたしの幸せを奪っていくの!? ねぇ!? 聞いてるの!?」 「聞いている」 ……長門はこんなときでも変わらないな。 「確かにわたしはあなたの幸せを奪った。しかしそれは神以外の人間のため。 あなたの夢、あなたの幸せはあなたの利己主義でしかない。 あなたの夢のために、周りは大勢の損害を被ることになる。 神はこの世の人々のために、自分の幸せを犠牲にするもの。 あなたはそれをしなかった。あなたは神失格。あなたに神は勤まらない」 長門は二日前の俺と同じ台詞を言い、静かに朝倉に歩み寄った。 「あなたは夢を諦めるべき。世界のためにも、彼のためにも」 「嫌よ! あたしは諦めないわ!」 「彼はそれを望んでいない」 朝倉は大粒の涙を零しながら俺の目を見た。 十秒ほど俺の目を見つめ続け、そして部屋から飛び出していった。 朝倉が部屋から居なくなると、部室は元の空間に戻った。 「終わった。彼女が再びあなたを襲うことは無い」 ……これで良かったのだろうか。 非常に心が痛い。 誰にだって夢はある。 俺にだってあるさ。どんな夢かって? それは禁則事項だが、できるものなら叶えてみたいし、 叶うチャンスがあるとしたら俺は絶対にそのチャンスを逃さないだろうし、 チャンスを作るチャンスがあっても俺はそれを逃がさない。人間だったら皆そうだ。 長門も朝倉もインターフェイスとか言ってるが、人間と変わらない、感情を持った生き物なのだ。 だから朝倉は当たり前のことをした。ただそれだけのこと。 でも、神という地位に就かなければ叶わないものだったのだろうか。 神は世界のために自分の幸せを犠牲にしなければならない。 神は夢を叶えることが許されない。人間らしい感情がある者に神は勤まらないのだ。 このときの俺は重大なことを忘れていた。 朝比奈さんは? 午後八時十二分。長門のマンションにて。 朝比奈さんと別れたのは六時五十五分。かれこれ一時間十七分も経つのだ。 朝比奈さんを一秒でも忘れるとはあってはならないことなのだが、 ドッグファイトに巻き込まれたり朝倉の泣き顔を見たりといろいろ忙しかったので仕方ないかもしれない。 「元の時間帯に帰れないってことですか?」 「はぃ……」 まいったね。 朝比奈さんの上司の許可が降りなくて元の時間帯に戻れないそうだ。 「じゃあ……明日になるまで待つ、ということですか?」 「はぃ……」 はぁ……またか。 結局この日は長門に泊めさせてもらった。 なんかとてつもなく嫌な予感がするのは気のせいだろう。 二日目 午後四時半。学校にて。 「朝倉涼子が校内に潜んでいる」と長門が言ったのは昼過ぎだ。 俺と長門は急いで学校へ行き、朝倉退治をするのだった。 「で、どこにいるんだ?」 「文芸部室」 長門はレーダーでもついているのだろうか。どこにいても朝倉がわかるのだ。 朝倉レーダーはトコトコと部室へと向かっていった。その後についていく俺。 長門がドアを開くと、そこに居たのは朝倉じゃなかった。 皆さん、そこに誰がいたか予想していただきたい。絶対当たるから。 長門でもなければ古泉でもないし、朝比奈さんでもハルヒでも鶴屋さんでもない。 国木田でも谷口でもない。俺の妹でもないし、コンピ研の部長がそこにいたわけでもない。 絶対に、そこにいるはずのない人間がいたのだ。 「うぉっ!!」とその男は驚いて椅子から転げ落ちそうになる。 ……これは一体どういうことだ? その男は…… 俺だった。 どうして俺がそこにいるんだ? なんで朝倉がいないんだ? なんで俺が二人いるんだ? これは一体どういうことだ? 待てよ? 俺はこの時間帯の人間ではないんだ。 つまりこの時間帯には俺が三人存在しているということになる。 「なんで俺がいる」 「そりゃこっちの台詞だ! なんで俺がいるんだ!」 「長門、これは一体どういうことだ?」 「わからない」そこにいるもう一人の俺を見ながら長門は言った。 長門にもわからないんじゃ、俺にわかるわけがない。 小学生にフェルマーの最終定理を解けと言っているようなものだ。 俺はフェルマーの最終定理は解けないが、一次方程式なら簡単に解ける。 俺の目の前にいるのは俺の異時間同位体ではない。 もし異時間同位体なら、俺が来ることがわかっていて、驚くことはないはずだ。 じゃあ、誰なのか。それこそフェルマーの最終定理だ。解けん。だれかヒントをくれ。 「これはどういうことなんだ!? お前はどこからここに来たんだ!?」 「いつも通り家から登校してきただけだ!」 嘘だ。この時間帯の俺は職員室に呼び出されているはずだ。 「じゃあ、もう一人俺がいるってことか!? 誰か説明してくれ。頭がこんがらがりそうだ」 「俺も説明してもらいたいね」 ああ……ワケわからん。誰かこの状況を説明できる者はおらぬか! 誰か! 「お前は何処から来たんだ?」と「俺」 「今から二時間後から来た」 「俺」は大きく溜め息をつき、こう言った。 「また涼宮絡みか……」 わかった。こいつの正体が。 第六章 ~笑い、再び~
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事件に関する重要な記録をここに公開する。 ICレコーダーによる記録である。 吹き込まれた声は基本的に可美村(かみむら)緋那(ひな)のものだけである。 彼女は警視庁の刑事であると共に、IZUMO社航空機墜落事故の唯一の生存者である 可美村貴代(たかよ)ちゃん(事故当時十三歳)の叔母でもある。 貴代ちゃんは事故の怪我によって、長らく植物人間状態と見なされていたが、 先日、意識をはっきりと回復していることが確認された。会話が出来るほどには回復していないため、 奥歯に電極を取り付け、歯を噛み合わせると電子音が鳴る仕組みでコミュニケーションを可能にした。 イエスの場合は二回、ノーの場合は一回、歯を噛み合わせてもらった。 貴代ちゃんの精神安定のため、部屋には緋那さんと貴代ちゃんの二人だけである。 カメラなども設置していない。 以下が記録である。 「こんにちは」 無音。 「私のことを覚えていますか」 二回。 「ええ、緋那おばさんですよ。少しお話をしてもいい?」 二回。 「今日はお日様が出ていますね。気持ちいいですか?」 二回。 「お外に出ます?」 一回。 「ここでいい?」 二回。 「そう。それじゃあ、ここで」 無音。 「あのね、おばさん、事故の時の話をしたいんだけど、いい?」 無音。 「駄目?」 やや後、二回。 「駄目なの?」 一回。 「いいの?」 二回。 「それじゃ、聞きますね。貴代ちゃんは旅行の帰りだったんですね」 二回。 「空港を出た時は何も異常はありませんでしたか」 二回。 「他の乗客の人たちは普通でしたか?」 二回。 「飛んでいる最中に何かが起こったのですね」 四回、間断なく。 「それはYESということ?」 三回。 「つらい? この話、やめましょうか?」 しばし後、一回。 「続けられる?」 二回。 「じゃあ、もう少し頑張ってくださいね」 二回。 「事故の前、飛行機は揺れましたか?」 二回。 「恐かった?」 やや後、一回。 「その時には、もう落ちると思いましたか?」 一回。 「大したことはないと思ったんですね」 二回。 「揺れはだんだん酷くなりましたか?」 やや後、一回。 「しばらく小さな揺れが続いたんですか?」 一回。 「それは、つまり……揺れが一度止まった?」 二回。 「その後、また揺れましたか?」 二回。 「その後、落ちたのですか?」 二回。 「辛い事ばかり聞いてごめんね。恐かったでしょう?」 二回。 「今日はこれぐらいにしておく? 疲れたでしょう?」 一回。 「まだ話せる?」 二回。 「それじゃあ、もう少し聞いていい?」 二回。 「揺れている以外に、何か異常はありましたか?」 しばし後、二回。 「それじゃあ」 可美村緋那さんの言葉の途中で、三回。 「どうしたの?」 三回。 「顎が疲れちゃった?」 五回。 「震えてるの?」 四回。 「貴代ちゃん、だいじょうぶ?」 六回。間を挟んですぐに五回。 「少し落ち着くまで待ちますね」 三回。 しばし休憩。その最中にも、数回。 「もう大丈夫?」 二回。 「さっきの話の続きね。何か揺れ以外の異常があったのですか?」 二回。 「エンジン音とかが変だったのですか?」 一回。 「何か爆発音が聞こえたとか?」 一回。 「窓から何かが見えました?」 二回。 「それは何か硬そうなものがぶつかったのが見えたということでしょうか」 一回。 「もしかして、それは墜落の直接の原因じゃないと思いますか?」 一回。 「窓から見えたものが墜落の原因ですか?」 一回。 「それは」 可美村緋那の言葉の最中、何度も続けて。(回数不明) 「貴代ちゃん、だいじょうぶ? 恐いの?」 連続。 「もう大丈夫だから、怖がらなくてもいいんですよ。ここは病院だから、落ちたりしませんよ」 七回。 「さあ、落ち着いて」 五回。 しばし後、回復。 「貴代ちゃん、だいじょうぶ?」 二回。 「続けられますか?」 二回。 「何が見えたんですか?」 無音。 「ああ、ごめんね。そこから見えたのは、ええと、他の飛行機か何かですか?」 一回。 「少し質問を変えますね。貴代ちゃんの席は窓際でしたか?」 二回。 「窓からは飛行機の羽も良く見えたんですか?」 二回。 「羽に何か異常があったんですか?」 やや後、二回。 「羽が壊れてた?」 やや後、二回。 「だから飛行機は落ちたのかしら?」 しばし待つも、無音。 「羽が壊れて落ちたわけじゃないの?」 一回。 「羽が壊れて落ちたのね」 二回。 「なんで壊れたのか、わかりますか?」 二回。 「何かがぶつかったの?」 一回。 「勝手に壊れた?」 一回。 「誰かが壊した?」 二回。 「誰かが、そこにいたの?」 二回。 「それで」 言葉の最中、小刻みに何度も。 しばし質問の声もなく、音だけが続く。 「いい?」 一回、一回、一回と、間を挟んで。 収まるまで待つ。 「その誰かは、羽だけにいたのですか?」 一回。 「一人じゃなかったんですか」 二回。 「たくさん?」 二回。 「いろんな所を壊していた?」 二回。 「窓は」 二回。 「それは窓を壊して入ってきたということ?」 二回。 「その何かは、乗客に酷いことをしたのですか?」 二回。 「貴代ちゃんの傷も、その何かのせい?」 何度も。 「傷口から唾液が」 何度も。 「牙が生えてた?」 何度も。 「ぬめぬめしてた?」 何度も。 「目が真っ黒で、葡萄みたいに小さくて、びっしりと」 何度も。 「子供みたいに小さい」 何度も。 「手が、ううん、足? たくさん生えてて、這い回るみたいに」 何度も。 「変な声で、何かを擦ったみたいな声で」 何度も。 「すごく小さな穴や隙間から、ずりずりって出てきて」 何度も。 「身体に張り付いてきて」 何度も。 「登ってきて」 何度も。 「噛みついて」 電子音は以降、一切鳴らなくなる。 「食べられ」 「痛い」 「助けて」 以上が記録された二人のやり取りである。 後半、何かをこするような音や、ピタピタと吸盤の張り付くような音、 引きずるような音などが入り乱れたが、詳細は不明である。 可美村緋那の声が後半で震えていたことと何らかの関係があるのかも不明。 この記録は桜美赤十字病院女性二名惨殺事件の重要参考物件として 県警に保管されている。 この事件の真相は未だ謎に包まれたままである。
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勝利 【しょうり】 1)喧嘩に勝つことを指す。 喧嘩師なら誰もが望むものであり、喧嘩における至上目的。 基本的に名誉なことだが、勝ち方によっては不名誉なものにも成りうる。 これに囚われすぎて、大事な何か(何だろう)を見失っている者も見かける。 勝利至上主義者だか負けず嫌いだか知らんが、少しは冷静に省みることも大事である。 質としては 両者合意>判定>関係ない第三者の意見(意見数の多寡によって質が変わる)>独り善がり こんな感じか。 「いかにして相手に勝ったと言えるのか?」 →「論破」?「空気を制した者?」これまた議論が紛糾する話題である。 2)ゴープ相手にはげに得難きもの。 ☆使用例☆ 「これが無限を超えた絶対___の力だ!」 ☆関連語☆ 敗北 論破
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恒例のベッドの横での目覚め。 どうやら俺は無事にこの世界まで帰ってこれたようだ。 それにしても、俺は何をした? ハルヒにまたキスしたような気がするんだが、これは夢か? 夢であってくれ。というか、夢でも嫌だ。フロイト先生も相手にしてくれない。 手の届くところに消火器かコンバットマグナムがあったら躊躇うことなく俺は自決しているだろう。 ……まあ、躊躇わないってことは無いか。 人間が夢を見るのは基本的にレム睡眠のときだけだ。 平均八時間の睡眠時間の中でも、レム睡眠はごくわずか、一、二時間程度だ。 レム睡眠の世界最長記録は3時間8分。気になる方は2000年版のギネスブックを見るといい。 俺は何時間の間、この恐怖の体験をしただろうか。 答えは76時間と14分。俺は三日間も寝てたのか? いや、レム睡眠だけで3日だから睡眠時間は8倍の24日か? どうやら俺の名がギネスブックに記される日はそう遠くはないようだ。 四日目 午後五時二十分。部室にて。 オセロの白い石を裏返しながら、古泉は言った。 「大変でしたね。こちらもお陰さまで、仕事がだいぶ楽になりましたよ。一体、どうやってあそこから出たんです?」 思い出したくない。長門のお陰とだけ、言っておこう。 「今回の件で、いくつかわかったことがあります」 なんだ? 「まず、涼宮さん自身がこの世界を作ったのではないという点。 二つ目に、彼女はこの世界の内側に、もう一つ自分だけの世界を作ることができるという点。 三つ目に、彼女によってこの世界が崩壊することは無いという点」 「……説明してくれ」 「彼女がこの世界を作ったなら、すべてが彼女の思い通りに動くはずです。 しかし、この世界では彼女の思い通りになるのはごく一部だけ。これでは神とはいえません。 では、誰か他の者が作ったと考えるしかないんです。よって、彼女が機嫌を損ねることで閉鎖空間が発生しても、 世界が崩壊することはありません。 次に、彼女はすべてが自分の思い通りになる世界を、この世界の内側に作ることができます。 その世界の中に入った者は、すべて彼女の意のままに操られます。普通は入れませんけどね。 しかし、それには例外があります。それは、その世界の外側の世界を作った人間。 つまり、この世界での神はそこで操られることはありません。彼女の世界はこの世界の内側に位置するため、 この世界の神の管轄内なんです。なので、神の意思は神のものであり、神は涼宮さんの影響を受けません」 相変わらず信じがたい話だな。 俺は白石を盤に置いた。 「貴方がその世界に巻き込まれた原因は、その世界の力がこちら側の世界をわずかな時間ですが上回ったからです。 しかし、こちら側の神はすぐに力を取り戻しました。お陰で神は彼女に操られることもなく、無事にこの世界まで帰還できました」 で、結局その神様は誰なんだ? 「鏡でも見ればわかりますよ」 ……馬鹿な。 じゃあ、俺がここでドアが外れろ、と念じれば外れるのか? 「どうでしょうね」 俺はオセロ盤の上の黒い石を裏返し、その説を鼻で笑って否定した。 「馬鹿馬鹿しい」 それから三秒と経たないうちに偉大なる団長様がドアの蝶つがいが吹っ飛ぶ勢いで部屋に入ってきた。 蝶つがいは空中で三回転してから俺の湯飲みの中にダイブし、熱いお茶が長机の上に跳ねる。 ちなみに修理費を払うのは俺だ。 古泉は俺の顔を見ていつものように微笑み、俺は大きく溜め息をついた。 「やれやれ……」 -fin-
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自衛隊は我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たることを任務とするらしい。 ちなみに世界で一番給料のいい軍隊は日本の自衛隊だ。(政府は軍事組織じゃないって言ってるが、俺はそんなの信用しない) 日本はここ60年ほど戦争に巻き込まれていないので、自衛隊が自衛という任務で動いたことは一度も無い。 大抵は「自衛隊」という名前とはまったく関係の無い任務なのだ。 ああ……平和だなぁコンチクショウ。 午後六時五十五分。UH-60ブラックホーク内にて。 俺は結局ブラックホークに乗せられた。 ちなみにヘリコプターに乗るのは初めてだ。プロペラの音は思った以上に大きくて、自分が喋っている声も聞こえない。 マイクがついたヘッドフォンのようなものを渡されて、なんとか会話ができる状態だ。 「朝倉、この自衛隊はどうやって連れてきたんだ?」 「あたしは情報操作も得意。ちょこっと操作して、あたしを陸上自衛隊の司令官にしちゃったの。ついでに世界をちょっと改変して、世界中の人間があたしに従うようにしたわ」 俺は溜め息をついて、頭を抱えた。 こいつは何がしたいんだ……? 「安心して。あなたを殺そうとは思わないから」 もうどうでもよくなってきた。自分のこめかみをコンバットマグナムで打ち抜いたことがある人間が、元学級委員長に殺されるのを今更怖がったりはしない。 すまん。嘘ついた。やっぱ死ぬのは嫌だ。俺、セガールじゃないし。死ぬのは怖い。 「で、何をするつもりなんだ?」 「そのうちわかるわ」 その台詞さっきも聞いたような気がするんだが……。 「この世界の神はあなた。だからあなたが望んでいる限りはあたしはこの世に存在できないってワケ。 でももちろん例外があるの。それはこの世界が他の世界の内側に作られたもので、その外側の世界の神があたしだった場合。 だからあたしはあなたの影響を一切受けずになんでもできる。改変もね。 世界の改変さえできればこの世はあたしの思い通り。あなたの神としての力はごくわずかになるわ」 ……なんの為にそんなことをするんだ? 情報ナントカの観測か? 「自分の楽しみのためよ。もう仕事なんてどうでも良くなっちゃった。この世界で好きなように暮らしてるほうが楽しいし。 この世界はあたしのもの。刃向かうものには容赦しないわ」 こいつは完全に狂ってる。ああ……神に祈ったくらいで助かるのならいくらでも祈る。 でも神はコイツだ。神よ、神から俺を救いたまえ。アーメン。 「来たわ」 何が? パイロットが叫んだ。 「三時の方向に攻撃ヘリコプター三機! こちらに接近しています!」 はい? 「あれはアパッチね。撃ち落して」 「待て、何事だ」 「あれはアメリカ軍だわ。長門さんが情報を操作したのね。あなたを救おうとしてるみたい。無駄だけど」 ブラックホークはぐるりと右を向いた。 「向こうのほうが早いわ。ハイドラ70ロケット弾よ。さっさと避けて」 なに? 前からロケット弾(生で見るのは初めてだ)が六発、とんでもないスピードで飛んできやがった。長門何考えてんだ!? ブラックホークは右にすばやく避けて……ってそんなに揺らすな。酔う。 六発のロケット弾は機体の左を通り過ぎていった。 あのロケット弾はどこまで飛んでいって、最終的にはどうなるんだろうか……。 「今度はスティンガーよ。撃たれる前に撃って」 スティンガー? なんじゃそりゃ。 「空対空ミサイルは装備されてませんが!」パイロットが叫ぶ。 「接近して機関銃でパイロットを狙って。ドッグファイトよ」 「それは危険です! 逆に撃墜される恐れが!」 「援護するから構わないで撃って」 なんで俺は戦争に巻き込まれてるんだ? 女の戦争ってこういうのを言うのか? ドッグファイトってヘリコプターでするもんなのか? 「接近します!」 ブラックホークはググーッと速度を上げて、一番左のアパッチに向かっていった。 おいおい、ぶつかるんじゃないか? やめてくれよ! なんか撃ってきたぞ! 「撃って!」 朝倉がそう叫ぶと朝倉の横にいた乗員が、持っていた機関銃をアパッチに向けて撃った。 銃弾はコックピットに命中して、アパッチはどんどん高度を落としていった。 「その調子でもう二機もお願い」 待て、ここは市街地だ。市街地でドッグファイトをするな。住宅の上にアパッチが落ちたら大惨事だぞ? 「大丈夫。この辺の住民はあらかじめ避難させといたわ」 そういう問題じゃないだろう……。 ブラックホークは次のアパッチに接近し、乗員が機関銃を撃つ。 またコックピットに命中してアパッチが落ちる。 「あと一機よ」 「スティンガーです!」 ~ちょっとキョンの兵器知識~ FIM-92スティンガーミサイルとは米国が1970年代に開発に着手し1980年代後期に採用された携行式地対空ミサイルである。 「スティンガー」とは英語で「毒針」の意。FIM-43レッドアイ携行空対空ミサイルの後継として1972年に開発が始まったもので、 開発においては、どのような状況下でも使用できる全面性と、整備性の向上、敵味方識別装置(IFF)の搭載に主眼が置かれた。 誘導には開発当初、赤外線/パッシブ・レーダーの複合モードシーカーが開発されたが、実際には既存のパッシブ式赤外線・紫外線シーカーが用いられている。 現在、実用化されているミサイルの中では最も命中率が良い(2003年現在)ミサイルとされ、ギネスブックにも掲載されている。 欠点としては目標を目視で発見しなければいけない点やバッテリーの持続時間などが挙げられる。 本来は地対空ミサイルだが、アパッチには空対空として武装されている。 調べるときにはウィキペディアって便利だな。 「いいから接近して」 「しかし……」 「いいから」 「……はい!」 なんだかよくわからないが、なにか無茶なことをしようとしているのはわかる。 「一時の方角からスティンガーミサイル!!」 「援護するから接近して!」 ブラックホークは残った一機に距離を詰めていくが、ひとつのミサイルが寸分の狂いもなくこちらを目指している。 ミサイルは機体の2mほど手前で爆発したが、この機体はノーダメージだ。 おそらく朝倉が情報ナントカで援護したのだろう。 「今よ、撃って!」 乗員が機関銃の引き金を引いた。 日本が直接関わった戦争は第二次世界大戦が最後だ。1945年だから、今から62年前か。 俺が生まれる前だ。俺の両親も生まれてない。 だから俺は戦争というものを知らないのだ。だから人が目の前で射殺されたり、ヘリが撃墜されたりする光景など映画でしか見たことがない。 今日だけで俺はいろんな体験をした。アパッチの乗員は二名(これは後から調べたものだ)。つまり、俺は六人が死ぬ光景を見たのだ。 それも街中での空中戦。最悪だ。 世界はこの女の手に落ちた。抵抗できるのはごく一部の人間、事情を知っているSOS団員だけだ。 しかも、そのうち一人は人質に取られている。 ……今日は人生最悪の日だ。 午後七時十一分。UH-60ブラックホーク内にて。 アパッチを撃墜し、ブラックホークはK市へと向かっている。 「A海峡大橋のT区側核シェルターに向かって」 「了解」 なに? A海峡大橋に核シェルター? そんな話初めて聞いたぞ? 「森博嗣って知ってる?」 「ええと……作家か?」 「そう。『すべてがFになる』の作者よ」 読んだことないな。ミステリー小説だっけ? 「ええ。『そして二人だけになった』って小説は?」 それは……アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』じゃないのか? 「タイトルは似てるけど違うわ。これも森博嗣の小説なんだけど、その小説の舞台が明石海峡大橋の支柱に作られた核シェルターなのよ。この小説自体はフィクションだけど、その核シェルターは実在するの。T区側とA市側に一つづつ」 ……なんでお前がそんなこと知ってるんだ? 「ちょっと調べさせてもらったの」 なるほど。 午後七時二十分。A海峡大橋T区側核シェルターのヘリポートにて。 ブラックホークはシェルターの入り口にあるヘリポートに着陸した。 「降りて。早くしないと次はF-15かB-2スピリットが飛んでくるわよ」 どっちも知らないが怖い。 「わかったから急かすな」 ヘリコプターから降りて、久しぶりの地上の感触を足の裏で確かめながら空を見上げると、もうすっかり暗くなっていた。 長門、早く助けに来てくれ。もうF-15でもなんでもいいから強力なヤツでこいつを叩きのめしてくれ。 俺の神の力が完全に無くなったわけじゃない。望めばそのうち来てくれるさ。 「すぐにアメリカ軍の攻撃機が来るわ。ブラックホークを5機と第303飛行隊を呼んで」 神は人の心を読むのか? 「了解」 パイロットは機内の無線を手に取った。 長門……超強力な戦闘機でも無理かもしれん……。 「いくら長門さんでもこれには対抗できないかもね」 「……」 負けか。 俺は朝倉に連れられて、シェルター内部に入った。 「ここなら長門さんが核を使ったとしても、あたしに与えられるダメージはゼロ。前回とは違って準備は万端よ」 「……なんでお前は俺を人質に取ったんだ?」 「あなたは一応神としての力を持ってるから、あたしの目の届くところに居てもらったほうが都合が良いの」 なるほどな。それだけか? 「他にもいろいろとあるけど、その辺は」 朝倉は某未来人のように微笑んで言った。 「禁則事項です」 ……対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスじゃなかったら惚れてたかもしれんな。 午後七時三十分。A海峡大橋T区側核シェルターにて。 「で、世界を征服して何をするつもりなんだ?」 「当ててみて」 シェルター内は思ったよりもくつろげる。 ソファもあるし、食い物も飲み物もある。 『そして二人だけになった』は読んだことはないが、シェルターの構造は小説とは違うらしい。 「……わからん。なんかヒントをくれ」 「ん~……夢のため、かな?」 夢? 人間ならまだしも、インターフェイスに夢なんてあるのか? 情報を操作すれば、大抵のことはできる。それに、今は神になったんだ。できないことはない。 「で、夢は叶ったのか?」 「まだ叶ってないけど、このままなら叶うかもね」 このままなら叶う? 「この世界の神はもうお前だ。どんな夢も叶うんじゃないか?」 「ううん。簡単には叶わないわ」 簡単には叶わない。ということは、朝倉の影響を受けないということだ。 朝倉の影響を受けないもの? それって…… 「来たわ」 朝倉が急に立ち上がった。 「どうした?」 「長門さんが来たわ。迎撃用意しなきゃ」 なんでソファに座ってるだけでそんなのがわかるんだ? 人間レーダーか? あ、人間じゃないか。 「あなたはここに居て。すぐに終わるわ」 そう言って、朝倉は外に飛び出していった。 午後七時二十分。A海峡大橋T区側核シェルターにて。 このシェルターは「オーシャンズ11」に出てくる金庫のようなセキュリティなのだが、その分厚い扉を開かずに吹っ飛ばして突入してきたのは朝倉ではなかった。 「助けに来た」 「待ってたぞ長門! 遅かったじゃないか! お前一人か?」 長門はコクと頷く。 宇宙人はすごいな。一人で攻撃ヘリと戦闘機を撃ち落したのか? 長門は首を横に振った。 「じゃあ、どうやって入ってきたんだ?」 「隙を見て進入した」 長門は俺の手首を掴み、そのまま走り出した。待ってくれ、転ぶ。このスピードならかなり豪快に転ぶ自信がある。 「急いで。追われている」 「追われてるって誰に!?」 「朝倉涼子」 全速力でヘリポートまで出てくると、空にはヘリコプターと戦闘機がウヨウヨいた。イワヤマトンネルのズバット並みに多い。 ヘリコプターは俺たちの周りにどんどん集まってくる。しかし機関銃を撃とうとはしない。 100m程先にはブラックホークとは違う、バスのように少し胴が長いヘリコプターがある。 「ありゃなんだ?」 「EH101。ウエストランド社とアグスタ社が共同開発したヘリコプター」 そういうことが聞きたかったんじゃないんだが。 「乗って」 長門の指示に従い、ヘリコプターに駆け寄って乗り込んだ。 長門はコックピットに乗り込んだ。 「長門が操縦するのか?」 「そう」 しっかりと操縦桿を握る長門。 待ってくれ、シートベルトくらい着けさせてくれ。 「時間が無い。離陸する」 プロペラが回り始め、ヘリコプターは地面から離れた。 揺れは思ったよりも少なかったが、揺れないわけじゃない。シートベルトを着けなければ。 「戦闘機がウヨウヨ飛んでるぞ?」 「問題無い」 長門が唇をすばやく動かすと、空に飛んでいた全ての攻撃ヘリコプターと戦闘機がスイッチを切られたラジコンのように勢いが無くなって、どんどん高度を下げて、やがて地面に墜落した。 「最初からそれをやってくれよ……」 第五章 ~神様失格~
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小学館ジュニア文庫 名探偵コナン 江戸川コナン失踪事件 史上最悪の二日間 小説発売日:12月24日 キミはこのトリックを見破れるか!? 阿笠博士の家のお風呂が壊れてしまい、銭湯に行くことになったコナンと灰原哀、そして毛利蘭。 ひとりで男湯に入ったコナンは、不審な男たちを見かけ、声をかけるものの、 浴室の入り口で足を滑らせて転倒。気を失ったコナンは男たちに車にのせられて、 見知らぬ廃工場に連れて行かれてしまう。 しかも、頭を打った衝撃で、自分が誰かも分からない状態に!? 2014年放送。 http //www.ytv.co.jp/conan/sp2014/ 監督 山本泰一郎 原作 青山剛昌 脚本 内田けんじ 脚本協力 赤城聡 絵コンテ 山本泰一郎 絵コンテ協力 寺岡巌 演出 山本泰一郎、永岡智佳、矢野孝典 キャラクターデザイン・総作画監督 須藤昌朋 作画監督 中島里恵、高橋成之、かわむらあきお、広中千恵美、福永智子、野武洋行、岩井伸之、岩佐裕子、平山智 デザインワークス 小川浩 アクション作画監督 清水義治 メカ作画監督 水村良男 美術監督 福島孝喜 色彩設計 中尾総子 撮影監督 小川隆久 特殊効果 林好美 編集 岡田輝満 音響監督 浦上靖夫、浦上慶子 音響効果 横山正和、横山亜紀 ミキサー 田中章喜 アシスタントミキサー 田口信孝 音楽 大野克夫 文芸担当 小宅由貴恵、黒柳尚己 アニメーション制作 トムス・エンタテインメント V1Studio ■関連タイトル 小学館ジュニア文庫 名探偵コナン 江戸川コナン失踪事件 史上最悪の二日間